甘いお悩み? もう一つの輪廻?

             翠月華』宮原 朔様とのコラボより


 直前まで、記録的な豪雪で塗りつぶされた、途轍もない厳寒だったものが。いきなり三月並みという暖かさを連れ立ってきた如月は、いきなりの春めきで、凍えていた人々をいたく喜ばせたものの。早々美味しい話もないということか。月の半ば、乙女たちがワクワクしつつ準備に走る聖なる日の直前の連休を、狙ったように極寒地獄で覆い。再びの記録的寒さで日本中の人々を震え上がらせて。久々に平日と相成った、聖バレンタインデーの朝は、それはそれは寒くて大変な日となったものの、

 “そのくらいでは折れたりしまへんてか?”

 今日びの女子を甘く見ちゃあいけませんということだろうねと。甘いチョコの日なの、ちょっぴり揶揄気味に斜めに構えて評しつつ。勤め先の本社ビル、最上階の社長室へと運んだ、清酒“錦秋宴”の年若い社長殿。一見すると清酒というよりワインやシャンパンが似合いそうな、甘い風貌のエグゼクティブ。ちょっぴり浅い色合いの髪は、生まれつきのくせっ毛をゆるく伸ばした、小じゃれた格好にまとめており。くどくない程度に彫のはっきりした顔貌には、丁度、打ってつけにもお似合いで。腕脚も長く、肩や胸板も壮健に厚みのある、ロマンチックな風情とスポーツマンの健康とをほどよく持ち合わせた、それはスマートな印象の好男子とあって。小さいころは腕白だったのが嘘のように、思春期辺りからめきめきと、爽やかなイケメンだとの評判を集め、気がつけばメンズ系のみならず、若い年齢層向けの女性誌にも、今時のイイ男特集なんぞへの取材を受けるほど。イタリア製スーツを粋に着こなし、手入れの行き届いた綺麗な手を行儀良く揃えて顎に添えたり頬杖をついたり。そんなポーズをとった写真が、しまいには京都の観光関係のポスターに使われたりしもしと来ては、

 『やあ、これは困りましたな。ボク、神戸の人間ですのに。』

 実家も本社も須磨におますのにと。嫋やかな京言葉の抑揚で紡いで苦笑したのは関西では有名な話。若さから来る明るさ壮健という印象を保ちつつ、とはいえそこは、アキンドの栄えさせた西の経済界に身を置く逸物。飄々とした振る舞いを支えるのは、どんな開拓の術で広げたか、その若さでと驚かされるほどの豊かな人脈と、打たれ強くて浅からぬ尋持つ、悪く言ってその底が見えないほど難解な人性と。若造がと甘く見て、泣きを見た古狸も数多いるとか。

  そんなくせもの、西の財界を飄々と跳梁している誰か様が。
  実はひそかに悩ましげなお顔でおいでだと、一体誰が気づきましょうか…。




       ◇◇


 かつてこの身を置いていた世界、普通一般からは少しほど外れた…というと色々と語弊があるやも知れぬが、精神世界や霊的世界といった傾向
(むき)での概念的な言いようで、

 “前世”というものの記憶を

 どういう因縁なのやら、継続したまんまで今の“生”に生まれ落ちてしまった身の上で。こんな珍しいこと、オカルト誌に微妙な“奇跡”として扱われるのが関の山。よって、他のお人はそうではないのだと気づいた頃から、その事実はひた隠しにして来た…のではあったが。まさかまさか、自分が覚えていたのと次元も時間軸も同じ世界から、同じように転成し、しかも記憶まで持ち合わす、魂も意志も前世から持ち越した顔触れが、結構 存在するんだという事態に遭遇したのが、成人してからという遅まきで。すぐさま激発するほど若くもなく、ずんと冷めた感覚も身に備わっていたその上。こちらの現在の立ち位置が、微妙に複雑なそれだったのと、前世の“人と成り”を覚えているからといって、それがどうしたと思うクチもおいでだろう。ちょっとした既視感の“一生”版、今の生涯や生活には関係ないないと、封印しておいでの人だっていようと、つまりは自分と同じと割り切って。こちらからの接触は、敢えてしないでやり過ごして来たものが。

 『関東一円、強大な把握で取りまとめている広域暴力団、
  六花会へ、代議士○○との癒着をあぶり出すべく、一斉捜索を行う。』

 本来だったら警察や公安が行うことであり、それ以外の存在へは執行への権限さえないことながら。ともすりゃ関係各省から、地ならしのための先行捜査をという、極秘の依頼があるほどの一族に、その籍を置く身であったがため、だからこそ、懐かしい顔触れへも近づくまいとしていたものが、皮肉なことにはそちらの関わりから接近することとなろうとは。それを“幸い”と言ってもいいものか、直接 接して対峙する相手は、自分のことをまでは覚えてなかったらしいので。

 “ちゃっちゃと済まして、ほなさいならで終わりや思たんやけどもな。”

 接したことが刺激になったか、選りにも選って、かつて恋い焦がれた麗しの女傑が、部下だった自分のことを思い出してしまった流れの ほろ苦さよ。何せ前にいた世界は何十年も続いていた大戦のさなか。想いを告げることもないまま、厳しかった戦局の中、互いのその末は判らぬままに袂を分かつてしまった二人であり。前世での…人斬りという生業の、軍人であり侍だった世界と縁を切ったにもかかわらず、いまだ同じような立場に身を置くこちらとしては、いっそ気づかれたくはなかったのだが…。

 “…って、
  前回までのあらすじは その辺でおいといてぇな。”

 まあまあ、たまにはお浚いを。
(こらこら) 公けにはされてないながら、由緒正しく歴史も長くという、とある一族。政府には関わりがないものの、あちこちの国家機関との結びつきは強く、平成の現世においても、血統やしきたりが厳然と物を言う、そんな古めかしい掟に縛られている集団が、日本の裏歴史には存在し。単なる地位選択としての比喩のみならず、その身を危地に置くという実体験としてさえも、生死の境を駆け抜けることを余儀なくされるよな、危険極まりない生き方を強いられる彼らは、善いも悪いも引っくるめ、歴史上の事実・真実をのみ語り継ぐ“証しの一族”の末裔。

  ―― 絶対証人、倭の鬼神

 そうと呼ばれる謎の宗主を筆頭に据え、公けにされず極秘とされた記録の全て、様々な虚偽蒙昧を完全否定するための切り札を山のように蓄えし『御書』を、埋もれて行方不明にさせることなくの徹底した保管をするのが代々のお役目であり。その『御書』へ記載するべき悪事も善事もすべて見届け、後世へ“唯一の絶対真実”として伝え綴るのが務め。現代では海の向こうの西へ東へまでもをフィールドとし、私情を廃しての徹底冷酷、見つけた歪みを記すのみならず、正して断罪するまでがひとくくり。そんな、今様“隠密”のようなことを、後方支援から現場での手配各種込みで担う彼らだが、常日頃は、何食わぬお顔で普通一般の生活を営んでおり。駿河の宗家に間近い総帥格の“支家”であれば、表向きには…それなりの格の資産だの家柄だのを、隠れ簑にまとっておいでで。自分もまた、関西では名のある酒造メーカーのトップを、代々継いで来た家の御曹司であり。社交の範囲も広ければ、そういう場にて顔も売ってる立場じゃああるが、向こうは…有能であるがため、それはそれは忙しい外科医という身。住む世界が違い過ぎる彼女には、避けようと思やそれを通せた間柄でもあったのに。

 “…関心持ってもらえたんは、正直嬉しいことやけど。”

 あああ、どないしたらええのやろ〜と。時折、ふっと込み上げる、何とも言えぬ感慨に、胸元くすぐられては脳内にて地団駄踏んでしまう…の繰り返し。そこはそれ、社交の場に出る機会が多いことと、本来のお務めへの耐性との両面から強かに鍛えられてもいる身なので。鉄面皮はお手のもの、一見しただけではそんな葛藤なんて判りっこないものの、

 「良親、いいかげん やに下がんのは押さえぇて。」
 「何をまた言い掛かりつけるかな、征樹の兄さん。」

 そういうすっとぼけた応対からして、図星な証拠や、お前の場合はと。春めきも著しいオフィスの奥向き、陽光目映い窓辺のデスクにゆったり座してるうら若き社長殿へ、商談成立の証書が挟まったファイルを突き付けながら詰め寄ったのが、島田一族としての同胞でもある、佐伯征樹という伏見支社長殿であり。

 「さすがにおっさんどもには 気ぃつかれてへんけどや。
  昨夜の接待席に来てやった芸妓衆は、
  あっさりお見通しやて口ぃ揃えて言うてはったえ。」

 「おお、さすがプロフェッショナルやないの。」

 あっぱれあっぱれと笑って済まそうと仕掛かる社長殿の、スーツに合わせたスタイリッシュなネクタイごと、むんずと胸倉を掴み上げた、過激な支社長のその視線が、ネクタイの上へ鎮座まします、センスのいい彫金細工風のピンへと留まり、

 「ネタは上がっとんのや、ボケぇ。」

 地を這うほどにも低められたお声には、陰に籠もって物凄いビブラートまでかかっていたものだから、

 「ヤヤなぁ、そんな怖い顔しやって。
  怒っとぉみたいに見えんで、征樹くん。
  …って☆ 痛ったいなぁ。でこぴんとは大人げない。」

 「やかましわっ!」

 そういう古臭いネタには乗ったらへんと、それでも わざわざお断りを言って差し上げてから、容赦のないでこぴんを、財閥のご令嬢たちが軒並み憧れてやまぬ美貌のてっぺん、額のど真ん中へお見舞いしてやった山科支家の惣領殿。

 「ただの色ごとやったら、もつれても自業自得で一向に構へんけどな。
  それて、例の女医さんからの贈りもんやそうやないか。」

 「………………おや。」

 何で知っているのだと意外に感じたか、ここでやっとお顔が真摯な表情に冴え、アーモンドの形に整った双眸へも、凛とした光が宿った西の総代。それを認めてから、ホンマに面倒な奴っちゃでと、やっと手を放して差し上げた征樹殿にしてみれば、

 「聖バレンタインデーからこっちの、各業界紙の取材や何や、
  全部へ必ず そのセットつけて応じとぉからな。
  どこのブランドやどこで買わはったて、
  如月のとこへまで問い合わせが殺到しとうて話を聞いとぉ。」
 「あちゃあ、あの坊ンそういう話題も得意なくせに。」
 「判れへんて悲鳴上げて来たとは言うてへん。」

 どんな下げ
(オチ)でも拾いまくりの、切れのいい“合いの手”がポンポンと飛び交う会話は、一見しただけでは即興のコントのようでもあったが。関西の人間は、真面目な話もこのペースでこなすので念のため。

 「どんな“おされ”をしようとそれも構へんが、
  後腐れがあるかも知れん話は……。」
 「失敬やな、今までどんな騒ぎを起こしたゆうねん。」

 そこだけは譲れぬということか、ピンと張った鋭い一声を放った途端、

 「う…。」

 ここまでは優勢、どんな誤魔化しも利かぬとばかり、ただただいきり立ってた切れ者の腹心の気勢が、一気に制されており。言葉に詰まった相棒へ、あらためての静かな視線を向けると、

 「確かにな、人を詮索せぇへんお人やとか、
  そういう身辺の話に限らずのこと。
  事態
(コト)によっては、
  巻き込んでもうたら向こうへこそ切ないことになるや知れん、
  物騒な立場には違いない俺らやしな。」

 遊びじゃなくの真剣なら真剣で。こちらの保身のみならず、相手へも類が及ぶ危険さえあること、ちゃんと自覚していると口にする良親であり。

 「せやな。曖昧にしたところで、
  網張っとぉあんたには、誤魔化すだけ面倒になるだけやよし。」

 上へとかざした白い手の陰が、鏡のように映り込む、紫檀もかくやというデスクの天板。人差し指にてトントントンと、小気味よく突ついて見せてのそれから。

 「深間に嵌まるとしたなら、そのお人だけと決めとぉのは事実や。」

 くっきりとした言いようで、はっきり言い切った須磨の総代へ、

 「……自分の正体、告ってもエエほどにか?」
 「ああ。」

 つか、そこは もう知ってはるしなと、にんまり笑った良親としては。


  “とんでもない世界からの記憶、
   持って来てる身ぃやていうことの方が、むしろ ややこしねんけどな。”


 よって、彼女への特別な防御も、逆に“煙幕”の類も、実は必要がないのだと。馬鹿にするなと叱られるのだと、こちらの仲間内へ言えないことの方が辛いとばかり。頬杖ついたその手首を飾るカフスの煌きに、お釣りが出るほど相応
(そぐ)う微笑み、ふふんと零した美丈夫さん。こうまであちこちへ露出したのだから、きっと相手へも“受け取りました”は伝わっているはずと。そんな手ごたえ実感しつつ、

 “あとは、来月の14日やな”と

 お返しはどうしたものかと、今度はそっちへ気がそれている総代殿。いやはや、こちらへも春の足音は、ひたひたとやって来つつあるようでございます。

 「そない言うたらホワイトデーて、何や円周率みたいな日ぃやなぁ。」

 「…こんなロマンのない奴に、
  惚れてもた女御はんがつくづくと気の毒やなぁ。」

 結構な偉丈夫と美丈夫の会話なのに、そうと想像するのが大変だろうなと、案じてやまない書き手の心情も察してくださいませです。






   〜どさくさ・どっとはらい〜  11.02.28.


  *『翠月華』の宮原様のところで、
   聖バレンタインデーのお話を書いていらしたので、
   それへのアンサーということで。

   一応は“美形”という設定の双璧ですのに、
   関西弁でのやり取りが異様に受けてるのが困りもの。
   M-1に出てればよかったかもね? (終ったけど)
   ちなみに、関西弁と一口に言っても、
   大阪、京都、神戸で微妙に違います。
   某死神まんがの平子さんと市丸さんとでは、
   話し口調が微妙に違ってましたでしょ?
(こらこら)
   奈良や和歌山の言葉も、
   随分と違うところがあるのかも知れません。

   ………で。

   ウチの良親さんは、名前は丹羽ですが須磨支家の総代。
   征樹さんは、京都は山科の支家の惣領ですが、
   灘のお酒“錦秋宴”の傘下においでで、
   こちらも銘酒の地・伏見という、
   自分へ任された支社の立地に苦心惨憺しとられます。

   ………って、ややこしわっ!
(怒)

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